第2回 長岡 慎介さん(本研究科准教授)
カムバックトゥASAFAS
(本インタビューは2013年3月に行いました。)-OB・OGインタビューの第2回目は、現在、この大学院(ASAFAS)で准教授として教育・研究に当たっている長岡慎介さんにお願いしました。長岡さんは2004年にASAFASに入学され、2009年に博士課程を修了した後、2011年4月から教員という立場でASAFASに戻ってこられたわけですが、院生として在籍していた頃と比べて今のASAFASの雰囲気はどうでしょうか?
長岡:戻ってきたと言っても、修了後は日本学術振興会のPD研究員として、隣の東南アジア研究所にいたり、ASAFASやその附属のイスラーム地域研究センター(KIAS)のプロジェクトに関わっていたりしましたから、「戻ってきた」というよりも、「ずっと同じところに居座っている古狸」感が強いですね(笑)。でも、私が院生として在籍していた頃は、グローバル地域研究専攻とかイスラーム世界論講座というのはなくて、東南アジア地域研究専攻の下の連環地域論講座が、ASAFASでイスラーム世界の研究ができる場所で、院生の数も今よりも少なかったので、教員として着任してまず感じたのは、院生の人数が増えたな、ということでしたね。水曜ゼミ(注:グローバル地域研究専攻の大学院生の研究発表を行うためのゼミ)を行う教室も大きい場所に変わりましたし。
-院生の数が増えたということで、ASAFASで行われているイスラーム世界研究の幅も広がっているということでしょうか?
長岡:はい。私の研究科は、対象地域でまさに「いま起きている」ことを糸口にして、その地域を理解する視座や固有性を明らかにすることが求められるわけですが、グローバル地域研究専攻になって入学定員が増えたことで、イスラーム世界で「いま起きている」様々な興味深い事象を広くカバーできるようになったと思います。
-院生も、同志が増えたことで、お互いが切磋琢磨できる環境も充実してきたという面もありますか?
長岡:「同志」って(苦笑)。たしかにそういう側面もありますね。博士予備論文や博士論文の執筆に向けて一緒にがんばる、無事提出したらお互いの健闘をたたえあうみたいな、そういった院生間の一体感は以前より強くなっていると思います。人数が少なかった頃もそれはそれで良いところがありましたが、今の院生を見ているとちょっとうらやましくなることもありますね。ところで、これって、OB・OGインタビューですよね?なんかイスラーム世界論講座の教員インタビューになってませんか?
-そうでした(汗)。どうしても、イスラーム世界論講座のPRが念頭にあるものですから。。
長岡:私も自分の院生時代がどんどん過去のものになっていって、ASAFASを教員目線で見る機会が多くなってしまうので、ついその目線から話してしまいました。もはや職業病ですね(苦笑)。
イスラーム経済研究へいたる道
-では、話を院生時代のことに戻していろいろお伺いします。長岡さんは、博士論文をベースとした著書『現代イスラーム金融論』に代表されるように、イスラーム経済・イスラーム金融のことを研究されています。このテーマは大学院に入る前からずっと関心を持っていたのでしょうか?長岡:いえ、イスラーム経済やイスラーム金融のことを本格的に研究し始めたのは、ASAFASに入学してからなんです。私は元来飽きっぽい性格なので、ASAFAS入学前はいろんな分野を渡り歩いていました。
-たしか、長岡さんは学部は農学部、ASAFASの前に経済学の大学院の修士課程に在籍されていましたね。
長岡:はい。学部の卒業は農学部ですが、もともとは文系の学類(※東京大学文科III類)に入学して、近代西洋社会思想史でも専攻しようと思っていたのですが、あるとき、突然、「人はパンのみに生きるにあらず、でもパンがなくては生きていけないではないか」と思って、農に関わることを勉強して某省に就職でもしようと思っていました。
-学部生のときは就職希望だったんですね!?
長岡:でも、某省への就職試験のために経済学を勉強するために、経済学部の授業に潜り込んでいたら、経済学の理論の美しさに惚れ込んでしまったんですね。そこで、方針を転換して大学院に進んで、経済学をやろうと思ったんです。
―ここまでの話ではイスラームの「イ」も出てきませんね。
長岡:当時も少しは興味はあったんだと思います。入門書や概説書もそれなりに読んでいましたし。でもそれを研究しようとは思わなかったですね。ちょうど、経済学研究科の大学院の入試があった日の夜に、アメリカで同時多発テロ(2001年)が起こったわけですが、自分とは別世界の出来事なんだと思って、ただテレビの映像を見ていただけでしたね。
-経済学の大学院に入られて、研究の世界に足を踏み入れたわけですが、超抽象的な理論の世界からイスラームに移ったきっかけは何だったんでしょうか?
長岡:希望通り経済学の研究(ゲーム理論)を始めたのですが、何か物足りない感じがしていました。1つには、決められた経済学の方法論に沿ってモデルを作って議論をすることに対する違和感ですね。もちろん、そうした精緻な作業は決して軽視してはいけないことは分かっていたのですが、自分の問題関心や興味を満たせてくれる独創的な分野を渇望する気持ちが日に日に増していきました。
-当時の長岡さんの問題関心・興味は何だったのでしょうか?
長岡:当時というか、今でも変わってはいないのですが、私たちが依拠している経済システムである資本主義とは一体何であるのか、ということを理解したいということですね。その問いに対して、いわゆる主流派経済学と呼ばれる新古典派経済学は十分に答えてくれないと思ったわけです。ですので、経済学の大学院でも、それを批判的な視角から研究するゲーム理論を専攻したのですが、それをやっている人はたくさんいて、自分の研究の独創性を出すためには、もっと他のことをやらないといけないのかなという気持ちになっていました。
-そこでイスラーム経済に出会ったのですね。
長岡:きっかけは、たまたま大学生協の本屋で平積みになっていた加藤博先生の『イスラム世界論』という本を手にしたことでした。それを読んでいくうちに、イスラーム経済という資本主義とはまったく異なる志向性を持った経済システムが近代以前に存在したことを初めて知ったわけです。その後、いろいろと文献を調べていくと、小杉泰先生の「教経統合論」の論文(『現代イスラーム世界論』所収)の中で、そのような経済システムがイスラーム金融という形で再興されつつあるというのを知り、これは面白いと思ったんです。
-そして、ASAFASを受験したんですね。
長岡:はい。当時は東京に住んでいましたが、新しいことをやるためには環境も変えた方がいいだろうと思って、思い切って京都に移り住むことを決めました。当時はこんなに長く京都にとどまるとは思っていませんでしたが・・・。あと、ASAFASは、独立研究科で京大の外から広く学生を受け入れていましたし、イスラーム初心者でも(アラビア語も含めて)基礎から学べるということを私にとっては魅力的でした。
ASAFASで研究をするということ
-そうした経緯があってASAFASで大学院生として研究を始められたわけですが、ASAFASの第一印象はどうでしたか?長岡:私が入学した年は、ちょうど今、グローバル地域研究専攻が入っている建物(総合研究2号館)に所属講座が移ってきた年だったんです。なので、ピカピカの院生室や講義室を使えたりして、とても新鮮な気分で研究を始めることができました。
-あの院生室も当時はピカピカだったのですね・・・。
長岡:いやいや、今でもみんなきれいに使ってるでしょ?
-そうですけどね(苦笑)。研究の環境としてのASAFASはどうでしょうか?
長岡:やっぱり「自由」な雰囲気が感じられましたね。何をやってもいいという雰囲気。これは今も変わっていないんだと思いますが、自分の興味・関心に応じて、いろんな方法論を試したり、様々なアプローチをしてもよいという雰囲気がありました。その中で、独創的な研究を作りだしていくんだと。
-ASAFASに来て、学問的に特に良かった点は?
長岡:所属している講座の先生や院生は、ほぼみんな学問的バックグラウンドが違っているので、1つのトピックに対していろんなアプローチからコメントをもらうことができましたし、あと、私は学部のころから経済学以外の色々な学問を自学自習で勉強してきていたのですが、それを本場の先生に対して思いっきりぶつけて、自分の習得度を確認したり、ブラッシュアップできたりしたのも良かった点だと思います。
-ASAFASの掲げる「フィールドワーク重視」という教育方針はいかがでしたか?
長岡:実は私はASAFASに入学するまで海外に行ったことがありませんでした。入試の面接でそれを伝えてぎょっとされたのを今でも覚えています。入学した最初の夏にエジプトに行きましたが、すべてが初めてですから、そのカルチャーショックは凄まじいものでした。でも、色んなエジプト人と交流することができたおかげで、イスラーム世界がすごく好きになりました。あそこで研究対象と地域を気に入らなかったら、おそらく研究を続けていなかっただろうというくらい、最初の海外渡航は大きかったと今でも思っています。その後、幾度も海外渡航をしていますが、そうやって積極的にフィールドワークができるのは、海外に出て行って当たり前、というこの研究科の雰囲気があるからなんだと思います。それはASAFAS特有のカルチャーなのではと思いますね。それを手厚く支援する様々なプログラムもありますし。
-イスラーム経済研究にとってのASAFASはどうでしたか?
長岡:私が研究に取りかかった頃(2004年)は、日本国内でイスラーム経済研究をメインに取り上げている研究者は皆無に等しかったと思います。中東経済とか国際金融論とかのサブテーマで取り上げる研究者はいましたけど。とりわけ、現在のイスラーム金融の実践についての研究の蓄積は本当に少なかったので、自然と海外の研究に目を向けざるを得ないようになりました。そんな中で、ASAFASは(第1回の安田さんがインタビューでも言っていましたけど)、国際志向が非常に強い大学院で、世界中の大学と研究交流をしている。
-ASAFASが持っているネットワークを大いに活用できたわけですね?
長岡:はい。そのネットワークに院生も主体的に入れるんですね。そのおかげで、例えば、自分がわざわざ現地に赴かなくても、自分の専門に近い著名な研究者がASAFASにやってきてくれる。本や論文の著者がすぐ横にいて何でも聞けるというのは、今思えば本当に贅沢な環境だったんだと思います。
-一介の大学院生が現地に行って著名な研究者に会いたいといっても、そう簡単には会ってくれないですからね。
長岡:そして、そのネットワークを自分流にカスタマイズできるのも、ASAFASの魅力だと思います。特に、イスラーム世界論講座は附属のイスラーム地域研究センター(KIAS)を持っていますから、そのネットワークも活用できるわけです。私も、大学院在籍時代にASAFASとKIASが主催するイスラーム経済に関する国際ワークショップで報告させてもらったのですが、それをきっかけに世界中のイスラーム経済研究者との交流が始まりました。おそらく、ASAFASの大学院生が取り組んでいるどのテーマも、独創的で先端的なものだと思いますが、そうやって国際ネットワークに早い時期から入っていくことで、新しい学問を自分が作っているんだというのを非常にリアリティを持って実感できるのだと思います。それもASAFASならではのことだと思いますよ。
博士号取得後のキャリアとASAFAS
-長岡さんは、ASAFASで博士号を取得して、現在、教員としてご活躍されているわけですが、ASAFASで学ぶことがその後のキャリアにどう生かされていると思いますか?長岡:受験志望者が一番気になるど真ん中な質問ですね(笑)。ASAFASのイスラーム世界論講座で学んだ後、どうなるかの実際については、これを見れば一目瞭然なんじゃないかな。それはそれとして、これは教員になってからよく分かってきたことですが、大学教員っていうのは、単に自分の研究をしていればいいっていうものではないんですよね。もちろん先進的な研究成果を挙げ続けるところにわれわれの存在意義はあるんですけど、それ以外に、学生を教育したり、国際的な研究協力を進めることで自分の専門分野自体の発展に努力したり、あと、大学という組織を運営していかなければならない。まあ、最近は、大学の運営に時間を取られて研究する時間が云々といった愚痴はいろんなところで聞かれますけど(苦笑)。
-たしかにどの先生もいつも忙しそうに見えますね。長岡さんも金曜日の夜に見かけると、結構痩けてみえますよ。
長岡:余計なお世話(苦笑)。それはそうとして、研究面でASAFASで学ぶことのアドバンテージはいわずもがなだと思いますし、すでに私もお話してきていますけど、それ以外の大学教員に求められる能力も、ASAFASでは大学院に在籍しているころから鍛えられてきたように思います。
-具体的には?
長岡:例えば、国際会議の組織に院生が主体的に参加できる場も多く設けられているので、そういったイベントの運営能力なんかも身についたように思います。教員として就職していきなり国際会議の組織をやって、と言われても普通は困るんだけど、院生時代に経験を積んでいたので、今やれと言われてもそんなに苦ではないですね。あと、教育なんかも実際に授業を持つわけではないけど、ASAFASは先輩・後輩のつながりが密なので、そういった中で教育に必要なスキルなんかも身についていくのではないかと思ったりもしています。こういった能力は、教員公募の書類で実際に書くことは少ないんですが、そういう経験を積んでいるっていうのは、意外とわかってしまうものなんですよ。
在校生、受検志望者へメッセージ!
-最後にASAFAS、とりわけグローバル地域研究専攻のイスラーム世界論講座に興味を持っている受験志望者および在学生にメッセージをお願いします!長岡:私はここの教員でもあるので、メッセージと言われると、どうしても受験を志望する人たちに対して、「こういう人が入ってきたらいいな」というメッセージになってしまいがちですが、自分の来歴・ASAFASでの大学院生活を踏まえたメッセージを送りたいと思います。
-はい、お願いします!
長岡:すでに上でも言ったことですが、私は学部時代、必ずしもイスラームに対して積極的に興味のある人間ではありませんでした。でも、そういった学部時代に違った学問経験をしている人間でも暖かく受け入れてくれて、鍛えてくれる、そういう懐の深さがASAFASっていうところにはあると思います。ただ、誰でもASAFASに向いているっていう訳ではないとも思います。おそらく、何か根底にある問いを持ち続けていて、その答えを色んな方法を駆使して明らかにしたい、と強く思っている人間ほどこの研究科には向いていると思います。私のケースで言えば、私は文科系の学部にもいたし、農学部にもいた、経済学の大学院にも入った、周りから見れば意味がわからないわけですね。でも、今振り返ってみれば、資本主義っていうものが何かを捉えたい、それを批判的にかつ独創的な方法で解明したいという思いが、ずっとあったんだと思うわけです。そう考えると、学部の初め頃に読んだマルクスも、農学部で勉強したことも、大学院で専攻したゲーム理論も、ASAFASで取り組んだイスラーム経済も、一本の糸で結ばれるわけです。学部や大学院を渡り歩けとはいいませんが、広い視野を持って、一生かけて取り組んでみたい問いを育み、それを大事にすることが、この研究科で研究をする一番大事なことではないかと思いますし、それを追究できる自由な環境がここにあるのだと思っています。
-そういう問いを見つけるのは難しくないですか?
長岡:一朝一夕に見つけるのは難しいと思います。そのために、狭い専門の枠にとらわれずに広く本を読んで欲しいと思います。自分とは専門やテーマが関係がないからといって、他分野の本を軽視しないでほしいと思います。自分の専門の勉強はもちろん大事ですよ。でも、いろんな分野の本を読み歩くことで、自分が立ち向かうべき根源的な問いにきっと出会うことができるのではないでしょうか。特に、これから大学院に入ろうと思っている学部生の皆さんは、まだタコツボ的専門の深みにははまっていないわけですから、食わず嫌いをせずに乱読にふけってほしいと思います。最悪、積ん読でもいいんです。広い知の体系を把握しているんだっていうことが大事なんです。そうした読書経験を経た上で、タコツボ的専門ではない独創的な研究をしたいと思うのであれば、ぜひASAFASの門を叩いてもらえればと思っています。
-長岡さんのパッションが伝わってきました!今日はどうもありがとうございました。(了)