𠮷田 巖嗣

𠮷田 巖嗣

研究テーマ

景観の存在様態:ヒマーラヤ高地における人類学的研究

研究内容

「人新世」ということばがすでに広く知られているように、今日、地球規模の気候変動は科学的かつ政治的に大きな注目をあつめる問題となった。ヒマーラヤ高地は周極圏とならんで、気候変動の影響がとりわけ深刻に現れる場所であることがしばしば指摘されている。しかし、この「新たなヒマーラヤの危機」をめぐる言説は、気候変動という事象が歴史的な権力関係に組み込まれていることを無視し、かつてのヒマーラヤ環境悪化理論(the Theory of Himalayan Environmental Degradation)と同様に、景観を外在的な視点から操作可能な単一の対象としてみなす傾向がある。また、ながらくヒマーラヤ研究の主流をなしてきた多くの民族誌においても、景観は人間の活動のたんなる背景か、資源、生産手段、あるいは「文化的」な意味を投影される「自然」として表象されてきた。こうした景観の対象化や自然化は、普遍的で単一の「自然」と個別的で複数の「文化」を分割する近代の存在論を敷衍したものであり、ヒマーラヤ高地における開発と保全を、ときに居住者の意思に反して強力に推進する装置となってきた。この倫理゠存在゠認識゠論的問題を再考するべく、本研究では従来の環境科学を基礎づけてきた自然/文化、科学/政治、エティック/エミックの二分法を括弧にいれて、ヒマーラヤ高地の歴史的で生態学的な景観をかたちづくるアクター(人間、動物、植物、神霊、そのほかの事物)の生成と連関をたどって人類学的に記述する。本研究の成果は、ヒマーラヤ高地における景観の存在様態を多元的にあきらかにすることをとおして、単一自然主義的な景観—環境の概念を問いなおすものである。

写真①:東ネパール、ソル地方ジュンベシ谷。集落と耕地の周囲には黒々とした森林がひろがっている。(標高2,900m、2024年9月29日撮影)

写真②:ヌンブール・ヒマールの氷河湖ドゥックンダ付近。ここには10年ほど前までは氷があったと、ジュンベシ村在住のバハドゥール・ラマ氏は語った。(標高4,600m、2024年10月2日撮影)

pagetop