「優しい川」

 ネパール中西部のサリヤン郡レク・ダングリの麓を流れるサラダ・コラという川。周囲の田んぼに水をもたらす。雨季にも荒れることはなく、乾季にも枯れることはない。水牛たちがのんびりと身を浸し、ここで漁れた魚を人々は食べる。暑い時期にはわたしたちも川に飛び込んで泳ぐ。一緒に泳いでいた、カトマンドゥから帰省中の若者が「あっちには、生まれて一度も泳いだことのない学生がたくさんいて驚いた」と言った。残念ながらカトマンドゥにはこんなにきれいな川はない。

 このあたりの人たちは、サラダ・コラのことを「ラムロ」という。ラムロというのは「良い」という意味の、とても一般的な言葉だ。「美しい」という意味もある。「サラダ・コラはラムロ」と言うとき、その人はとても穏やかな表情をする。わたしは、そのラムロという言葉に、恵み深さや、優しさという意味を聞きとる。

 先日の訪問の際、葬儀に参加した。わたしのホストファミリーの親戚にあたる女性が、レク・ダングリからバスで8時間ほどの町で亡くなった。同居していた息子は、だれも身内のいない町で葬儀をするよりはと、村まで亡骸を運んできた。村の人たちは、それぞれ薪を持って川岸へと向かう。故人の男系親族にあたる人たちが川の中に石を組む。その上に薪を組み、遺体を乗せ、またその上に薪を組む。法螺貝が鳴らされ、最初の火を入れるのは故人の息子である。女性たちは少し離れたところで、故人の衣類を焼いている。身近な男性たちが川辺で一晩中、火を守る。こうして人は灰になり、サラダ・コラへと帰っていく。

(2016年撮影)



「ロマンチックな森」

ドラカ郡のとある森を案内してくれたR氏は「ここはロマンチックな森だ」と言った。R氏はこの森の森林利用者協同組合の副会長をつとめたこともある。「どのようにロマンチックなのですか?」とたずねると、「外が大嵐でもこの森のなかでは、そよそよと風が吹く。

ミツマタがたくさん自生して、きれいな花がいい香りを放つ」と言った。この森から湧き出る水がふもとのチャリコットの町の飲料水を供給している。

(2016年2月撮影)



ネパール新憲法公布の日の朝、グッシェル村からカトマンズ盆地とヒマーラヤを眺める。

(2015年9月20日撮影)



グッシェル村はカトマンズから南にバスで一時間、徒歩3時間ほどのところにある。ぼくは昔々この村に一月半ほど住ませてもらって、飲料水用のセメントタンクを作る仕事を手伝った。

この春、13年ぶりにグッシェル村にもどった。村の入り口あたりで会ったラージュは200メートル先からでもぼくのことがわかったと言った。ラージュの奥さんは、4日ほど前に突然ぼくが夢に出てきたので不思議に思っていたのだと言う。「きっと神様が、あなたがカトマンズまで来ていることを知らせてくれたのだろう。デウタコ カティ シャクティ(神様はなんて力があるのだろう)」

(グッシェル村、2012年撮影)


 

ヨゲラージ・チョーダリさん。タルー族で、カマイヤ(債務農業労働者)解放運動のリーダー。自分自身も十代の頃、カマイヤとして二年間働いた。

(カイラリ郡ゲタ村、2006年撮影)



 

水牛に乗って遊ぶタルーの子供たち。水牛は怒らない。えらい。

タルーは水牛のようだ、とヨゲラージさんは言う。
日がな一日、田んぼで働かされる。
夜遅くなって主人に一杯のどぶろくを振る舞われると喜んで、次の日もまた文句も言わずに、日がな一日働かされる。

タルーのひとたちは水牛の肉を食べない。わたしたちは牛や水牛の乳を飲む。わたしたちに乳をあたえるものは、わたしたちの母親だ。

(ダン郡ドゥムリ村、2008年撮影)