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【3.スーフィズムとは何か】 スーフィズムは一般に「イスラーム神秘主義」と訳されています。「神秘主義」という概念は、学問的には絶対者との「神秘的合一」(ラテン語でunio mystica)と呼ばれる体験を基礎としています。ただ一般の日本人のイメージでは、「神秘主義」はむしろオカルトのように受け止められることの方が多いかもしれません。いずれにせよ、日常生活とは縁遠い、一部の好事家だけが社会を離れてしている何か、普通の人には理解できない難しい(もしくは怪しい)もの、といった含意が「神秘主義」という言葉にはあります。 スーフィズムにはたしかに、難しい神秘主義哲学も、怪しげな民間信仰も含まれていますが、それはスーフィズムのある側面を示したものに過ぎません。 スーフィズムは、イスラームとイスラーム世界を存立させている内的原理の探求とその発露ということができます。それは外的原理を追求し、実践する法学とともに、イスラームの根幹をなすものです。法学とスーフィズムはイスラームを支える二つの核といっても過言ではありません。 あらゆる事象の背後にひそむ神の摂理に思いを凝らし、神への感謝を神への愛という形で表す場合に、それは「神秘的合一」の方向に向かうこともあるでしょう。また、この世に起こる様々な不思議なできごとを理解しようとする際に、その背後に聖者による奇蹟といったものを想定する人々がいても不思議ではありません。しかしそれらは、スーフィズムの求める内的原理が発現する際の、様々な形の内のいくつかにすぎず、スーフィズムの全体像を表しているとは必ずしも言えないのです。 「イスラーム神秘主義」という、ある種偏ったスーフィズムのイメージを相対化するために、私は最近「倫理の学としてのスーフィズム」ということを考えています。よりよく生きるにはどうしたらよいのか、そのことを考え、実践し、教えるのが、倫理の学です。もちろん、イスラームにおける倫理の学ですから、それはムスリムとしてよりよく生きる、ということを目指しています。 たとえば、中世の有名なスーフィー導師、イブン・アタ―・アッラーの言葉に耳を傾けてみましょう。 |