S-待望の出版ですね!
藤倉達郎(F)−1990年代中盤以降のマオイストの勢力拡大から2006年の内戦終結後のネパールの政治社会状況について、ネパールで長年フィールドワークを行なってきた研究者たちが多角的に記述・分析しています。
S-序章を書かれている石井溥先生を含めて総勢12名の執筆陣ですね。
F-執筆者には長年農村部で詳細な民族誌的研究をしてきた人類学者が多いですが、その他にもネパールのマオイスト研究の第一人者である小倉清子さんによる運動の概観や、政治学者の谷川昌幸先生によるマオイストの国家観の分析など多岐にわたる内容になっています。
S-藤倉先生の章には債務労働者の解放運動をしてきたタルー人活動家や、マオイスト運動に加わった村のマガール人女性の話が出てきます。このひとたちにとっての「証書」や「歴史教科書」や「地図」の重要性がでてきて、これらが農村部で新しい社会運動に参加したひとたちにとっての「近代の道具」だったのではないか、と書かれています。この「近代の道具」について藤倉先生は、アパドゥライの『グローバリゼーションと暴力』の訳者解説でも書かれていました。
F-はい。Appadurai の “means of modernity” という表現を「近代の道具」と訳しました。一般的に近代的な技術、あるいは近代的なものや状況を作り出す道具や技術というものは国家や資本が独占しコントロールしてきたわけではなく、さまざまな人が「近代の道具」をつかってさまざまな近代を作り出すという話です。
S-本全体は500頁近くあって、いろいろ視角から描かれていて読み応えがあります。現代ネパールの政治や社会を知りたい人にとっては必読書ですね。
『現代ネパールの政治と社会――民主化とマオイストの影響の拡大』
南真木人、石井溥 (編),明石書店(2015)
目次:
はじめに
序章 近現代ネパールの政治と社会――マオイストの伸長と地域社会[石井溥]
一 ネパールの近世・近代の社会・政治の特徴
二 内戦(マオイストの「人民戦争」、武装闘争)と地域社会
三 内戦後のネパールの行方
四 むすび
第一部 マオイストの台頭・伸長と人々の対応
一章 武装闘争から議会政治へ[小倉清子]
一 コミュニストの「夢」だった武装闘争
二 人民戦争前半の戦略
三 戦略転換をもたらした王宮虐殺事件
四 ネパール王国軍との全面対決が始まる
五 七政党との協力のきっかけとなった国王クーデター
六 「四月革命」から和平プロセスへ
七 国会、武器管理、王制の問題
八 武装勢力から議会政党に
九 制憲議会選挙における大勝利
十 共和制への移行、マオイスト政府の発足
十一 八ヵ月間で倒れたマオイスト政権
二章 マオイストの犠牲者問題――東ネパール・オカルドゥンガ郡の事例から[渡辺和之]
一 はじめに
二 オカルドゥンガ郡にみるマオイストの組織構成
三 犠牲者追悼集会
四 誰が犠牲者になったのか?
五 犠牲者の家族の経験
六 誰がなぜどのように犠牲者になったのか?
三章 西ネパールにおける集団避難二〇〇四年[安野早己]
一 ビスタピットとは
二 シュズ・カス・アビヤン(マオイスト補充キャンペーン)
三 カダ村の集団避難(二〇〇四年)
四 ブドゥ村の集団避難(二〇〇四年
五 INSECによる帰還援助
六 キラナラ(ラジェナ)避難民キャンプ(二〇〇六年)
七 結びにかえて
四章 ネパール領ビャンスにおける「政治」の変遷――村、パンチャーヤット、議会政党、マオイスト[名和克郎]
一 はじめに
二 政党政治以前
三 政党政治初期
四 内戦期
五 内戦後
六 「政治」と政治の間
七 おわりに
五章 開発、人民戦争、連邦制――西ネパール農村部での経験から[藤倉達郎]
一 はじめに
二 西ネパール中部山地の村から
三 西ネパール平野部のタルー人社会活動家たちの履歴と「紙」の重要性
四 連邦制とタルー自治州の要求
五 おわりに
六章 ガンダルバの歌うネパールの変化――王政から国王のいない民主主義へ「森本泉]
一 はじめに
二 ガンダルバ――社会文化的背景
三 国王のいる民主主義と専制君主制――アンドーランしよう!
四 ロクタントラ(国王のいない民主主義)を求めて――王宮事件から
五 制憲議会選挙――皆で投票しよう!
六 おわりにかえて
第二部 マオイストの政党化とネパール社会
七章 マオイストの国家論と制憲議会選挙公約[谷川昌幸]
一 マオイスト国家論と制憲議会選挙公約
二 マオイスト国家論のイデオロギー的特質
三 マオイスト国家論の基本構造
四 マオイスト国家論の二面性
八章 市民の至上権は新しいネパールにおける包摂的政治の道しるべとなるか――二〇〇八年制憲議会選挙における各政党の得票の動向から[マハラジャン、ケシャブ・ラル/マハラジャン、パンチャ・ナラヤン]
一 はじめに
二 市民の至上権とは
三 市民の至上権が注目される直接の事件
四 総選挙
五 選挙直後の政治――コンセンサスか多数派工作か
六 包摂性と国民の負託
七 まとめ
九章 民族運動とマオイスト――マガルの事例から[南真木人]
一 はじめに
二 ボジャ村の人にとってのマオイスト
三 二〇〇八年制憲議会選挙
四 マガルの民族運動
五 考察
六 おわりに
十章 チトワン郡チェパン村落における政党支持と抑圧の顕在化[橘健一]
一 はじめに
二 調査地について
三 民主化以前の政治体制と政党支持
四 一九九〇年民主化と支持政党
五 一九九七年地方選挙
六 マオイストの台頭と移住問題
七 二〇〇八年制憲議会選挙
八 まとめ
十一章 「寡婦」が結ぶ女性の繋がり――ネパールにおける寡婦の人権運動[幅崎麻紀子]
一 はじめに
二 寡婦を捉える視点
三 寡婦からエッカルマヒラ(単身女性)へ――寡婦運動の展開
四 寡婦運動を展開するアクター
五 寡婦運動がもたらす生活への影響
六 寡婦運動がもたらす社会変化
七 繋がりとしての「寡婦」
八 まとめ
あとがき
ネパール近現代政治史略年表
用語解説
ネパール郡区分図
主な政党名の略語対応表
索引